2024年コンテンツまとめ
毎年恒例コンテンツまとめコーナー。
Breaking Bad
化学教師Walter Whiteが主人公のドラマシリーズ。末期の肺癌と診断された彼が、家族のために覚醒剤の製造に手を染める物語だ。噂以上のサスペンスと演出に引き込まれ、気づいたら一気に全シーズンを見終えてた。
ただの犯罪ドラマではなく、ヒューマンドラマとしても面白い。歪んだ虚栄心によるWalterの変貌がリアルで、視聴者としての僕自身も倫理観を試されているような気持ちがした。日常と非日常が交差して、彼の大切なものが蝕まれるその姿が面白い。
個人的にに印象的だったのは、WalterとJessyの関係性だ。教師と元生徒という立場から始まり、ビジネスパートナー、そして家族のような絆と憎しみが混在する関係へと変化していく。お互いに利用し合い、裏切り合いながらも、どこかで繋がっている二人の姿は、人間の複雑さを象徴しているように思えた。
また、作品を通して描かれる「選択」の重みも深く考えさせられた。Walterが犯す一つ一つの選択が、取り返しのつかない結果を生み出し、それが連鎖していく様子はまさに「破滅への道」そのものだ。それでも彼が家族を思う気持ちや、自尊心、そして徐々に目覚める権力欲が混ざり合い、視聴者としても彼を完全に否定できない自分がいる。
Better Call Saul
Breaking Badのインチキ弁護士Saul Goodmanを主人公にしたスピンオフ。本編より前にSaulがどのようにして犯罪に手を染める弁護士になったのかを描いている。
同じアルバカーキ世界線にありながら、本編よりはヒューマンドラマに集中した物語設計で、Netflixオリジナルにしては珍しい、何度でも見返したくなるディープな話になっている。見終わってから読んだ他の人の考察では、Kimのポニーテールの位置が彼女の心境を表しているんだとか、法廷の非常口サインがChuckのシンボルとして描かれているんだとか(施設の電気を全て消しても非常口サインだけは消防法で消せないので)、細部まで緻密に練られたプロットがあるらしく、また見直したくなった。記憶を消して見直したいというよりは、今の記憶を持ってまた新しい発見をしたいという欲が湧いてくる、僕にとってかなり異例な作品。
個人的にSaulは本編から好きだったので、この人がメインのスピンオフと知ってかなり嬉しかった。確かに言われてみれば、弁護士会に登録された弁護士が覚醒剤の製造に(最初は脅されたとはいえ)自分から首を突っ込みにいくのはおかしい。なぜあのような奇行に走ったのかの説明がしっかりとされた。
また、Mikeの物語的役割が前作より裏付けられたのも嬉しかった。Mikeはアルバカーキの世界で倫理的着火剤になっている。例えば、Walterが危険な橋を渡ろうとしているJessyを一時的に警察に突き出そうとした時に、Mikeが"Half Measure"(中途半端)だと一喝すると、Walterは敵のギャングを殺めて“これがFull Measureだ”と言った。同じように、Mikeの「人は正しい道と間違った道を歩める」という説教を歪曲解釈して、Saulは自分が犯罪に手を染めるのが不可避な道だと自己正当化した。自由意志の論点を勝手に運命の話にすり替える、かなり悪質な論法だが、このようにMikeが毎度思わぬ方向で犯罪を助長しているのが皮肉だ。
あとこれは僕の勝手な憶測なんだけど、Better Call Saulというのはダブルミーニングなのかもしれない。元々のCMは「トラブったらSaulを呼んだほうがいい」という意味合いだ。しかしフィナーレの法廷で自身の氏名をJimmy McGillと正したように、Saul Goodmanというのは彼のChuck死亡後の倫理的凋落を象徴する名前だ。だから「Jimmyではなく、Saulと呼んでくれ」という意味も持っていた場合、あのフィナーレは合点がいく。
最後に、非常にどうでもいいポイントを一つ。初めて見た時から、SaulはThe OfficeのMichaelにすごく似ていると感じていた。もちろん、MichaelにSaulのような狂気はないのだが、言葉巧みに茶を濁して自分が得するように行動する時の顔つきがすごく似ているのだ。
調べたところビンゴだった。別会社で「Michaelそっくりさん」として出ていた管理職の男が、なんとSaulの俳優のOdenkirkだった。実はOdenkirkはもともとMichael役のオーディションに出ていたらしい。当然Steve Carelは満場一致で適任だが、個人的にOdenkirkがMichaelをやっていた世界線というのも一度見てみたい。あまりにどうでもいい感想だが、誰にも伝わらない話なのでここに供養する。
Supermarket Simulator

今年バズってたスーパー経営シミュ。店長として商品を発注して倉庫から棚に並べ、レジ対応をしてちょっとずつお客さんを増やしていき、店を拡張して品揃えもよくする……というサイクルをひたすら続けるだけのゲーム。
これだけ書くとただの労働なんだけど、これをやっている間はゾーンに入れ無限に遊べた。このゲームをやってる間に暇などなく、常に何かやることがある。気づいたらどこかの棚が商品が足りないし、入れてる間に客がレジ開けろとうるさい。アテンションスパンがとにかく短い僕にとって、あっちこっちで簡単な作業を続けるのが快感だったのかもしれない。
途中からちょいちょいアプデが入って、従業員が雇えるようになったり、スマホで簡単に不足している商品の発注ができるようになったりと、時が経てば面白い機能が増えるのも面白い。これはこのゲームの特徴というよりはアーリーアクセスあるあるかもしれないが。
ただこれ何をシミュレーションしてるんだ?という疑問は最後まで晴れなかった。どう考えてもスーパーの店員がやる範囲の仕事内容ではない。
Persona 3 Reload

ペルソナ3のリメイク。ペルソナ3は10年以上前に遊んですごく好きなゲームの一つだったので、リメイクが出ると知って大喜びだったのを覚えている。
ゲームのストーリーはもちろんのこと、戦闘やシステム面もほとんど変えず、あくまで原作を忠実に綺麗なグラフィックとフルボイスで作り変えてくれたのは嬉しかった。恥ずかしながら、2020年台のグラフィックで肥えた目には、ペルソナ5並のグラフィックじゃないとあのボリュームは耐えられない。それでいて、夜行動や先制攻撃のBGMを新しく追加するなど、僕みたいなめんどくさい原作ファンに文句を言わせず飽きせない作りでよかった。
ただこれは僕の問題なのだが、アイギス編は終わらせることができなかった。P3Fをやったことがないので、後日談がDLCで出ると知った時には大歓喜だった。しかし蓋を開けてみるとタルタロスみたいなのが延々と続くように見えて、P3の面倒なところが前面に出てるなあという印象になり、途中から放置気味になってしまった。本編のタルタロスは原作と同じと思って耐えられたが、ここから先を耐えられなかったので、やはり僕も新しいゲームに甘やかされてるなと感じた。
上記の通り僕の問題もあったが、10年も前に遊んだゲームなので、内容もあまり覚えていなかった。当時のあの感動と衝撃を、このグラフィクでもう一度味わえることに意味がある。内容を知っているゲームではあったが、2024年のコンテンツとして十分に強いものとなった。
近況
読めばわかるが、今年はあまりコンテンツに触れなかった。そもそもあまり面白いコンテンツがなかったのもあるが、今年はコンテンツより人生にもう少し向き合おうと思ったからだ。
上半期は資格の独学をして、とりあえず第一段階の試験を突破した。これ単体では資格取ったとは言えないのだが、この分野に関して初級レベルはわかります、と言っても差し支えないレベルには到達できたと自負している。
下半期は転職活動をして、前職は退職した。辞めた理由に関してあまりペラペラとネットで語りたくないが、あまりポジティブなものではなかった。退職しようと思っていたタイミングで他の不測の事態が発生し、退職手続きが難航して先延ばしになったが、結果的には円満に辞められたと思う。
資格も転職も誰にも相談せずにやったので、孤独な戦いで結構辛かった。情報が少ない上、両方とも僕が苦手なスケジュール管理を必要とするので、ずっとアウェー戦だった。振り返るといらない負荷をかけすぎた気もする。出来ればもうちょっとコンテンツに触れたかった。
こういう時に2023年に紹介した「水曜どうでしょう」が痛み止めになった。実はちょいちょいDVDを集めていたのだが、今年のストレスフルな時に見すぎていつの間にか全部見ていた。「東北2泊3日生き地獄ツアー」で真夜中に理不尽に絡まれる大泉とかいい例で、意味もなく理不尽な状況に置かれている彼と比べると、まだ僕はマシに思える。リアクションが面白すぎて目の前のストレスがどうでも良く感じる。
Supermarket Simulatorもよかった。単純作業だが忙しすぎて、悩み事を悩む暇などないからだ。僕は今までストーリー重視のコンテンツを好んでいたが、今後はうまくゾーンに入りやすい作品をもっと探したいと思った。
少し話は変わるが、年末に休暇をとって、旅行に来た。ずっと見たかった景色を見ることができて満足した。珍しく動画を撮ったりしたので、どっかに上げようかとも思ってる。来年も旅行行けたらいいけど、こんな長いのはしばらく無理かな。ただ、4週間近く旅行を続けているのだが、流石に疲れてきた。絶景も何度も見ると飽きてくる。年始はゆっくりしようかな。
2023年コンテンツまとめ
2023年も終わりそうなので、例年通り今年面白かったコンテンツを挙げる。あんまりやる気がないので、去年とかより短めかも。
去年の:
一昨年:
ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム

ゼルダシリーズの最新作。ブレスオブザワイルドの後日談的な立ち位置になるのかな。僕はハイラルに空を追加したゲームだと思って始めたので、空よりも地下のほうが広いことを知って驚愕した覚えがある。
とても楽しみにしていたゲームだけあって、満足度が高かった。任天堂らしいグラフィックは残しつつ、以前よりも立体感が増して気持ちがいい。なんというか、リンクがその場にいなくても世界が動いている気がする。でもリンクがサブクエストをこなすと若干世界が変わって、その変化が面白くていつまで経ってもゲームをやめられない。
僕は任天堂がオープンワールドに強い会社という印象を持っていないので、恐らくかなり研究したと推測する。マイクラのようなクラフトのギミックを導入して、ブレワイを一生遊べるゲームに昇華させた。何度も延期をされたが、これは納得ができる出来だなと思った。
Ghost of Tsushima

対馬の武士が元寇と戦うゲーム。洋ゲーとは思えないクオリティで日本を表現した、ある種の作品に見える。エンドロールで外国人の名前ばかり出てきたときは流石に嘘だろと声出してしまった。なんというか、インスタで映る日本を仮想現実みたいにしたらGhost of Tsushimaが出来上がる気がする。
僕が一番好きなのは神社の礼拝だ。対馬の島中に15の神社を巡るのだが、そもそも神社がよくわからない山奥や茂みの向こうにあるため見つからない。その神社の鳥居が見つかっても、本殿に行く道が舗装されていないので、自力で遠回りしなければいけない。崖を登ったり木々の間を飛んだりとアクロバティックな動きをしてようやくお参りをする。この面倒臭さと引き換えに映る主人公の参拝する後ろ姿が非常に美しく感動した。これを見て美しいと思うのは恐らく日本人プレイヤーだけだろう。僕は愛国心というものがよくわからないと思っていたが、もしかしたらこれを美しいと感じるのは愛国心の一つの形なのかもしれない。
僕は武士についてもそこまで詳しい訳では無いが、エンタメ性のある時代劇にしつつかなり正確に武士のロジックを描いているようにも見えた。大陸のロジックに感化された主人公・境井と、伝統的な武士道を貫く叔父の志村を綺麗にコントラストしている。当時は今より身近だったであろう死の概念を彼らの対立で表現するのは巧妙だ。特に最後の選択は要約すると「武士の誉れを本当に捨てるのか、誉れでは蒙古を打倒できないという堺井の矜持を否定するのか」とかなり皮肉めいた問いかけで、「所詮ゲーム」なのに僕は即答できなかった。
対馬という場所を選んだのもSucker Punch Productionsのセンスを感じる。端から端まで移動できる程度には閉鎖的だが、場所によって景色を変えることができる程度には広い、ちょうどいいサイズ感だ。僕は鎌倉時代について全く詳しくないが、集落同士の距離感は「鎌倉時代っぽい」。それでもって対馬を舞台にしたゲームはもちろん、有名なドラマやアニメなども聞いたことがないので、かなりニッチな所を攻めたなと思う。
ゲームにここまで美しいという感想を抱いたことはあっただろうか。もちろん日本人バフも掛かっているが、この先ここまで綺麗なゲームを遊べたらラッキーだと思うくらいには美しい作品だった。
Geoguessr

Google Mapsのストリートビューから現在地を推測するというゲーム。単純なルールだが、コツが掴めると奥が深くて面白い。日本国内でいうと、看板に書いてある市外局番から大雑把に都道府県を推測できるようになるし、世界編だと車の通行方向から街中で使われている文字、更には生えている植物のパターンで大体の国を把握できるようになる。山の方角や川が上流か下流かといった、今まであまり興味のなかった情報を即座に考えるようになった。
マルチプレイで遊ぶのも面白い。誰が一番ピンポイントを当てられるか競うのも楽しいが、プレイが終わったあとに「どこをヒントにしたか」の感想を言い合うことで新しい考え方を得られてお得だ。いつか誰かが遊んでいるのを横で見てみたい。親しい人がどういった情報をどのように拾っているのか気になるので。
Trailer Park Boys

Netflixで見れるカナダのコメディドラマ。面白かった。
水曜どうでしょう

俳優の大泉洋が主演する札幌の旅行系バラエティ番組。「またしても何も知らない大泉洋さん」「ここをキャンプ地とする」というミームがよく流れてきたので興味本位で見たのだが、いつの間にかDVDを集めるほどにはハマってしまった。今年面白かったコンテンツのMVPを選べと言われたらこれかもしれない。
僕は正直バラエティ番組というものにはかなり否定的だった。声の大きい人達がわざとらしく台本に沿ってちゃっちい企画をやる印象があって、すごく貧乏くさく見える。しかも彼らはいつも雛壇の上でわちゃわちゃしてるので、どうも遠く離れた世界の人に感じてしまう。こう感じているのは僕だけじゃないだろうし、最近のテレビ離れの原因の一つは僕のバラエティへの感想に近いものだろう。
水曜どうでしょうは本当に真逆のスタイルだから好きになれた。大まかな台本というのはあるのかもしれないが、分刻みのスケジュールで枠ごとに文言が決まっている、という様子は全く無い。どちらかというとホームビデオに近く、別に高価でもなさそうなカメラで彼らの旅の一部始終を捉えるスタイルは、まるで同級生と旅行に行っているような親近感が湧く。
旅とは行っても「同級生との旅行」にしては非常に過酷だ。半ズボンで北極圏に行ったり誰も下調べしていないコウモリだらけの洞窟に入ったり、突然乗ったこともない原付で1000km走らされたり1週間甘いものしか食べれなかったり……かなり危ない橋を渡る時にとっさに出てくるギャグというのは、スタジオで偉そうに喋る芸能人よりも重みがある。東京のバラエティ番組へのヘイトは変わらないが、今後は水曜どうでしょうは例外扱いすることになりそうだ。
この番組を通して、大泉洋とミスターが僕の中で憧れというか、一種のアイドルみたいになった。ちょっと変な表現だが、どうでしょうファンなら共感できる人は多いだろう。しんどい状況でも弱音を吐かず大泉を立てるミスターは男前だし、巧みな語彙力でいつでも笑いを誘う大泉はピエロみたいで面白い。
水曜どうでしょうが面白いのには他にもいくつか理由があって、これを書き出そうと試しに書き始めてみたが、あまりにも長くなりそうなのでやめた。気が向いたら後で書くかもしれない(この前フリをして書いたことなど殆どないが)。
近況
2023年は非常に充実した1年だった。カネ・社会・将来どうするかなど、色々なしがらみを一旦忘れて過ごすことを選択した。今までと比べてもコンテンツより人間関係を重視するようにして、空いてる時間を積極的に人と合うようにした。実際カレンダーを見ても、去年までの遊びの予定がスッカラカンで逆にびっくりする。
長期の旅行に行ったりもした。ちょっと長すぎて流石にうんざりしてしまったが、行きたい所を回れて概ね満足している。途中までだったが、初めて友達と何日も旅行に行く経験を出来たのもよかった。なんとなく自分の旅行スタイルというのがわかってきたので、その後の短い旅行でも実践している。
全体的にQoLが高く、ストレス負荷もそこまでなかった。後で振り返っても2023年は素晴らしい1年だったとなるだろう。
しかし今は仮初めの自由を満喫しているだけで、どこかで保留を解除しなければいけない。本当にうんざりするが、2024年1月からは計画的に動こうと思う。
「明日から頑張る」程度にしか思ってないが、どこかで宣言しておかないと本当に何もしなくなってしまうので、戒めのために一応ここで宣言だけしておく。
「北海道で家、建てます」のカタルシスがすごい

Netflixで「水曜どうでしょう」にハマり始めて色々な企画を見て、最後に見たのが家を建てる企画だった。この企画を始める際、藤村Dがきっぱりと「これはプランBであり、我々は実は迷走している」と豪語した。以前見た企画は過酷な旅が多かったが、出演者のライフステージや知名度の変化で前と同じような企画はできないことはわかり切っていた。しかし、大泉のリクエストのように新しい企画をするというのも同じくらい難しい。だから「家を建てる」企画そのものがプランBだったのも納得がいく。
残念ながら迷走感は否めなかった。最初の1話は企画発表すらしないし、家を建てる→シェフ大泉の流れを3回もやってる。大泉の言う通り、わざわざテントに泊まる必要も特に感じない。家を建てる工程もどうも「現場感」が強くて、どうも少し方向性がズレているように感じた。やはり出演陣の喋りが面白いので辛うじて場を繋いでいるが、10話あたりで少し飽きてきた。とはいえ、この段階で家の土台しか出来ていないので、最終話でどういう展開になるのかよくわからなかった。
11話のOPで完成した家が登場して、ついに諦めたのかと少し呆れた。ダラダラした流れを一気に飛ばして、ミスターと藤村Dと大工さんたちで完成させたように見える。2年間一度も声がかからなかったと不満を募る大泉を前に、「表札を打っていただきたい」とお願いして、形だけでも大泉が有終の美を飾った。土台しか作ってない大泉だが、大スターで多忙の彼に主演としてせめて表札だけでも打ってもらいたいという素朴な親切心を感じた。前述の通り微妙なシリーズだったが、一応これで完成だ。
ここで少し疑問が残る。何故11話も放送する必要があったのか?初回で藤村Dが「尺稼ぎ」と称して延々と打ち合わせの動画を垂れ流していたが、そもそも尺を稼ぐ必要があるか?ネタがないならそんなものカットして6話くらいの構成にすればいい。2年間大泉抜きで作業をしたんだったら、6月のミスターだけが黙々と階段を建てる回も飛ばしていい。というか2年間主演に一度も打診しなかったのもおかしい(「またしても何も知らない」でおなじみの大泉だが、これは流石におふざけが過ぎている)。色々な角度で考えても、11話開始時点での構成は「どうでしょうらしくない」のだ。スッキリしないが、とりあえずどうでしょうハウスで1泊でもして終わるのかと思った。
だが、ここで話が急展開する。
大泉が不在だった2年間の作業内容をVTRで見る。嬉野Dも参加してタイムラプスで早送りにするのかと思いきや、翌冬初めてのロケから始まる。駐車場で軽いトークをして、建設途中のどうでしょうハウスに向かう。ここまでは想定できる範囲だった。
どうでしょうハウスに着くなり制作陣一同唖然とする。豪雪で土台が真っ二つに折れ、木に刺していたボルトも曲がってしまったのだ。完全に虚無のような顔で被害状況を探るべく無心に雪かきをする制作陣。一通りの惨状を確認し使い物にならなくなった土台を見て、彼らはこのようにコメントした。
嬉野D「これはアレかい?無かった事にしろっていう神のお告げかい?」
ミスター「正直木も折れてるけど僕は心も折れてるんで」
藤村D「まあ大泉くんにはここは来ないように、一切立入禁止ってことで」
このVTRを見た大泉は、どうでしょうハウスのすぐ先にある材木の塊を見て驚愕する。 あれはただの材木ではなく、大泉が作った土台の残骸なのだ。そして困惑した顔で「俺が今懐かしがりながら立っているこの土台は俺が作ったものではないというのか?」と制作陣に訴える。
僕はこのシリーズからかつてない「カタルシスみ」を感じた。「何故11話も放送する必要があったのか」への答えは、上記の制作陣のコメントにすべてが集約されているからだ。
10話かけて作業の様子を映さないと、上記のミスターと嬉野Dのコメントの意味が理解できない。同じような話を延々としててしんどいなと思うが、それ以上に出演陣は疲労困憊している。それでも視聴者を喜ばせようと落とし穴を作ったり北海道の過酷な冬にわざわざテントを張って寝泊まりした。
崩壊した家を前に、彼らには2つの選択肢があった。
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頑張って1から家を建て直す。
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このシリーズを「無かった事」にして、視聴者の前から永遠に封印する。
ミスターのコメントから1が精神的に却下され、嬉野Dのコメントは2を推している。確かに、そもそも家を建てる企画を発表すらしなかったら、予算が無駄になること以外はかなり合理的な判断に見える。もしかしたら、僕らが知らないだけでボツになった企画が他にもあるのかもしれない。同じように、この企画も封印されるように思えた。
だが、ミスターが自分たちの手を一切染めず、同時に視聴者を満足させられる第三の道を示した。大泉の娘さんにどうでしょうハウスを見せられるかという会話の中で、ミスターが「大工さんに頼めば可能」と言い放ったのだ。
ここで藤村Dの上記のコメントを踏まえて、迷走していたシリーズの放送構成が全て決まったのだ。ある程度大泉とミスターに家っぽいものを作らせるが、その家が一度崩壊するので、大工に全部丸投げして家を再建させる。しかし「崩壊」「丸投げ」という事実を大泉に黙ることで、いつものドッキリを壮大に行いたい、と。
大泉がこれだけ驚いている顔を視聴者に見せるには、涼宮ハルヒの「エンドレスエイト」のように同じような作業の風景を延々と放送しなければ意味をなさない。なぜなら、家を建てるのは立派な仕事だが如何せんテレビ番組の構成としては些か地味になりがちで、繰り返し見ないとその苦労をイメージしづらい。その苦労が一瞬にして水の泡と化した現実を前に愕然とする大泉の心象は、こちらも多少苦労して見ないと伝わらない。
だから10話もかけて作業の様子を映したのだと考えると、非常に納得がいく。「怖い」という大泉の感想も、ここまで詳細に作業を見ると共感できるものがあるのだ。
シリーズを通して、叙述トリックのようなものも感じた。
初回で大泉が新作三か条と称して、新作は今までにないものを作れと要求した。藤村は「我々は今迷走しています」といって茶化していたが、実際に「今までにないもの」を完成させた。
しかし家を建てる行為そのものが新規性を孕んでいたわけではない。シェフ大泉の料理が凡庸と言われたように、内容が新しくても概ね期待通りの動画が流れると凡庸になってしまう。しかし、11話を通して大泉にドッキリさせるという発想は新規性に富んでいた。しかもその事実を最後の最後まで視聴者にも黙ることで、最終話の衝撃を大泉とシンクロさせ視聴者に壮大なカタルシスを届けた。上記の通り、一見無駄に見える尺も全て意味を持っていたが、最終話まで視聴者と大泉に共有されなかったというのは今回の番組構成上で一番重要な鍵となったのだ。
そんなわけで、今作はカタルシスが強すぎて非常に満足度が高かった。対決列島や東京ウォーカーが好きなのだが、かなり近いレベルで気に入るシリーズが最後に発掘されるとは驚いた。
今作に関して1つだけ疑問が残った。藤村Dはいつからこのオチを考えていたのだろうか?プランBだと提示した段階で既に崩壊することが予定としてあったのだろうか。長年北海道に住んでいる制作陣ならば、大雪の後に土台が壊れてないか確認しに行ってもおかしくない。しかし実際に大雪の翌日にたまたま確認しに行ったらあの惨状だったという可能性もあるので、結論づけるのは些か早急だろう。
仮に最初からドッキリ作戦を頭の中で作っていたとしたら、その企画力と実行力に脱帽する。そうじゃなかったとしても、「大泉を立入禁止にしよう」と言った時点で今作の構成を急ピッチで変更したことになるので、その頭の回転の速さに驚く。どっちにしても、10話あたりで「だれてきたな〜」とか思っていた僕が藤村Dの手の上で踊らされていた事実は変わらない。
最後に、第四の壁を超えて大泉と僕の心境が一致した際の大泉のコメントを添えて終えたい。

