偏差値2那由多

一般男性の公開ポエム

シリコンバレーの独裁者

YouTubeがまた凍結祭りをするらしい。

www.afpbb.com

差別や人を傷つけるコンテンツは規制すべきだ、という考えのもと、差別を助長するようなコンテンツを凍結するという。

確かに、誰も差別を受けて気持ちいいとは思わないはずだし、一見素晴らしいポリシーに聞こえる。

しかし僕はYouTubeTwitterFacebookなどのプラットフォームが規制強化を発表するたびに溜息が出る。なぜこの記事を書かなきゃいけないのか、ということがあまり伝わらないと思うので、僕が何を考えているのかを説明したいと思う。

 

上記の記事から引用。

ユーチューブは公式ブログで、「きょう、われわれは憎悪表現に対する施策における新たな一歩を踏み出すため、ある集団が優れていると主張することによって年齢や性別、人種、カースト(階級)、宗教、性的指向、兵役経験などの属性に基づく差別、隔離、排除を正当化する動画を明確に禁止する」と表明した

僕は「憎悪表現」をすることが推奨されるべきものだとは思わないし、その様な表現をする人を褒める気もない。ただ、「憎悪表現」という言葉はどこまで的確に使えるものなのかすごく疑問なのだ。

 

すごく極端な例だが、仮に僕がYouTubeで「日本は太平洋戦争で何故アメリカに勝たなかったのか!」と言ったとする。「日本が勝ったらアメリカが世界を牛耳ることはなかったし、もっと豊かになってたはずだ!」と言ったとしたら、僕は凍結されるべきなのだろうか?もっというと、この様な極端な例を使っているこの僕は憎悪表現者なのか。

これを言ってる(架空の)僕は大真面目に言ってるし、誰かに嫌悪感を持ってほしくて議論しているわけではない。ちょっとしたポジショントークを始めようとしてるだけだし、もうちょっと話を聞けばかなり具体的で建設的な論を展開されるかもしれない。

僕の発言は「憎悪表現」に当たるのだろうか?答えは「そう思う人はいるかもしれないし、そういう人がいる限り”憎悪表現”と呼ばれても間違いではない」だ。

日本が太平洋戦争で勝つ世界というのは戦前のように多くのアジア諸国が植民地として搾取される世界になる可能性があるので、それを考慮すると「ある集団(日本人)が優れている」と主張しているように感じる人はいるかもしれない。「アメリカが世界を牛耳っている」という表現が癪に障る人だっているだろう。

ただ僕はそういった気持ちを煽るために言ったわけではないとしたら。純粋に現代の日本を憂慮して、戦前の日本の体制から学ぶことがあると考えた上での発言だったとしたら。

もう一度聞くが、僕のチャンネルは「誰かの感情を煽った」という理由で凍結されるべきだろうか。

何が言いたいかって、憎悪表現というのは一元論で説明できるものではないのだ。感じ方は人それぞれだし、何よりコンテキストを無視しては何を持って「憎悪」とするのかがわからなくなってしまう。

 

僕がこの凍結祭りに反対している理由は主に2つある。

  1. シリコンバレーの成金独裁者が考えたルールなど根っこから信頼してない
  2. アルゴリズムが憎悪表現を分別できるほど賢いとは思えない

まず最初のポイントだが、当然語弊があると思う。Googleは別に政治家(笑)をしているわけではないので、独裁者という表現が違うという指摘はされる気がする。

ただYouTubeのコミュニティがメガ化した結果ある意味世界一巨大な公共圏となったこと、それにより世界中の世論が形成されていることは紛れもない事実だ。

そしてその言論空間の”ルール"は全てTerms and Conditions(利用規約)に書かれている。規約を作ってるのは誰かというと、ユーザーではなくシリコンバレーの成金だ。

シリコンバレーに住む数人のおじさんおばさんが「こういう動画はダメ!」と決めただけで違反とみなされ凍結されるのだ。原理的にこれのどこが独裁じゃないのか。

僕が世界中の世論が形成されるプラットフォームの管理人をやっていたら、良心的な顔して普通に裏でコソコソと自分に利益になるような運営をする。僕に逆らう人は罰するし、広告収入で利益になりそうな人達(大手マスコミとか)は優遇する。

要するに、これだけの力を持つ人達をどうやって信頼したらいいのかわからない。考えすぎかもしれないが、「憎悪表現」みたいにみんなが同意してくれそうなものから始めて徐々にいろいろなものを規制するに決まってる

 

2つ目のポイントだが、僕にはYouTubeアルゴリズムがそこまで素晴らしいものだと思えない。一応釘を打っておくと、YouTubeエンジニアdisではない。

ものすごく簡単な例を出すと、YouTubeで動画をちょこっと検索するとかなりの確率で「ガキが...舐めてると潰すぞ」のようなサムネのしょーもない動画(以下、ガキ潰系)が未だに出てくる。サムネとタイトルが明らかに釣りで、中を見ると不穏なBGMと共に長文のテロップが下からスクロールされ、たまに音があってないゆっくり音声を伴う動画だ。

例えば検索欄で関連度順で「小室圭」と入れると、このように表示される。

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正直興味がなさすぎて今まで調べたことのない皇室の結婚関連でサーチしたのだが、本当に予想通りの答えが出てきてちょっと笑ってしまった。

例えば2つ目の動画はCrazyTalkかなにかで柴犬に喋らせているトークチャンネルのものなのだが(つまりガキ潰系ではない)、少し見たところ皇室に関してまとまった意見を持った人なんだなという印象を持った。僕が女性宮家に反対したことがないので言っていることに頷いたわけではないが、一つの考察としては面白い。

もしもYouTubeが「小室圭」に関する情報を本当に提供する気があるなら、右左かかわらず2つ目の動画のようなもの、もしくは大手マスコミなどが自己転載した動画が何個も表示されるはずだ。

それなのに何でこんな誰が得するのかわからないガキ潰系が上位にずらずら出てくるのか。

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この動画は猫がいるだけまだマシだが、それでも機械音声と誰得すぎる英語のテロップが入っていて何も情報が入ってこない。

 

芸能について調べても最初にガキ潰が出てくる(余談だが機械音声が「めしだ」と言ったのは少しびっくり)。

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「韓国 歴史」と調べると最初に出てくるのが歴史のドキュメンタリーかと思いきやなんとゴシップチャンネル。見なくてもわかると思うが、当然ガキ潰系の動画。韓国に歴史が2000年もあると勘違いしちゃうレベルに正確な情報を発信してる素晴らしい動画だと思った。そもそもどっかの国の歴史を5分で学べるわけないだろ。

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だいぶ話が脱線したが、僕が言いたいのは「ガキ潰動画を凍結しろ」ということではないし、凍結してほしいとも思っていない。僕が主張したいのは関連度順で検索してフェイクニュースをドヤ顔で出すくらいのアルゴリズムが憎悪表現を認識できるとか笑わせるなということだ。

アルゴリズムが未熟な上にどのくらい「憎悪」な動画をBANするのかが明確でない以上、全くもって信用できない。

ちなみに、YouTubeは今後凍結すべきかどうか難しい「グレーゾーン」のものも規制の対象とすると明言してる。

www.forbes.com

次に来る質問は「グレーゾーン」とはなにか、ということになる。

当たり前だが、僕が言う「グレーゾーン」とYouTube運営の考える「グレーゾーン」は全くでもって違うものだろう。もしかしたら「サンディフック」や「ホロコースト」といった単語を絡めるだけでもグレーかもしれない。

何を言ったら規制されるかわからない以上、僕らが出来ることは運営に対して「忖度」することだけだ。凍結されるのが怖いので、それに触れそうなことは一切言わないようにする。宗教や陰謀論はもちろん、人種や性に関する話も一切しないほうがいい。

そのような状況になると、ますます最初の「YouTube運営はシリコンバレーの独裁者である」というポイントを証明することになる。

 

YouTubeくらい大きい事業になると、ヘイトスピーチなどの対応に社会的責任を強く感じるのは何となく分かるが、それで言論の自由を蔑ろにしていいとは思わない。

YouTubeが国家権力ではない以上、YouTubeと絡めて「言論の自由」について語るのは少々お門違いかもしれない。しかしここまで大きなコミュニティになった以上、あくまで一企業が運営してるサイトだから〜という反論はあまりにもナイーブで非建設的に思える。

僕はYouTubeFacebookTwitterのようなSNSのプラットフォームは公益事業的に扱い、国がルールを制定できるようなものにするべきだと考えている。運営する側の企業には負担が重いし、利用する側も言論が制限されてとてもじゃないがWin-Winじゃない現状の応急処置としては最適だ。

少なくとも国が絡むことで、一方的に作られたルールで凍結されたり削除されたりするのを自由の原理に基づいて議論ができるようになる。それだけでもかなりの進歩になるのではないか。

すごくミスリーディングなことを言ったので付け加えるが、「中国のようにSNSの発言を監視するため公益事業化しろ」というわけではなく、あくまで言論を守るために国が介入すべきだ、ということ。当然日本から始められる話ではないが、徐々に公益事業化してくれたらいいな、と願う。