偏差値2那由多

一般男性の公開ポエム

震災と今後の展望

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たまたま7年前に住んでいた家の周りにいたので少し散歩をした。そう言えば、今日は東日本大震災から7年目の祈念日だ。

当時関東の家で被災した僕からしたら全く関係ない話ではなく、毎年3月11日には色々と思いにふける。

 

当時中学生だった僕は、ちょっと前の僕のような無気力な人間ではなかった。

今よりも人付き合いが良かったし、それでいて理屈っぽいところは今と同じなので、あのまま育てば社会的観点から見たらいい人材になったのではと想像する。それに通っていたのは中堅の私立中高一貫校だ。昔のほうが確かに未来に希望があったし、毎日が充実していた。

あの地震から1年経った頃には、完全に社会不適合者の入り口にいた。引きこもりを経験したし、かなり無口になった。悪ガキだった僕の振る舞いもピタッと止まった。簡単に説明すると、シュタインズゲート・ゼロに出てくる岡部倫太郎が紅莉栖を救えなかったβ世界線で厨二病を辞めたような勢いだ。

じゃあ何があったのか。

 

たくさんある原因の一つとして、被災地を実際にこの目で見たことが挙げられる。

同年5月頃、ボランティアの一環で宮城の復興支援に行った。津波で半壊した家の瓦礫を直したり、詰まったへどろをスコップで掻き出したりする作業だ。地道だが仕方がない。どこかのイカ加工工場が流されたらしく、町中が魚臭かったことを鮮明に覚えている。バスでたどり着いた先は、テレビで見た映像以上に別世界でびっくりだった。

何よりもショッキングだったのは、途中で立ち寄った女川町立病院(現:女川町地域医療センター)から沿岸を眺めたときの光景だ。恐らく家が立ち並んでいただろう場所が完全な更地と化していたのだ。百聞は一見にしかずというが、とにかくここで人が大勢流されたという事実に絶句した。

そもそも、僕は震災の日にニコニコ生放送でこの場所に津波が押し寄せられているのを目撃しているのだ。気持ちがいい訳がない。

僕はその時に何を考えていたのかは覚えていないが、地震一つであそこまでたくさんの人が死んでしまう恐ろしさと同時に、人生の儚さと虚しさを感じたのは確かだ。

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被災地で実際に携帯で撮った写真。周りに建物があるけど、どこで撮ったんだっけ……

 

もちろん原因は震災だけではないが、この時期からかなりスランプになっていた。将来のことを聞かれても何も答えられなかった。困惑していたというよりは、我関せずと言ったほうが正しいか。

どうせ頑張っても人は簡単に死んでしまうし、それに関して僕が出来ることなんて布団に包まって戦々恐々とすることのみだ。自分の将来がどうこうとか、心底どうでもよくなってしまった。

「震災で大変な思いをした人を助けたい!」ではなく「こればかりはどうしようもないね」という思考回路になっていた。

今考えたらものすごく被災者に対して失礼だが、まだ中学生だった僕にとってあの光景はかなり衝撃的だった。もちろん、あの瓦礫があった場所に住んでいた同年代の子どももいたのだろうし、その子達にあの場所から何が見えたのかを想像するとすごく微妙な気持ちになる。あれを一度見ただけでかなりショッキングだったのに、それが自分の馴染みのある場所だったらどうなんだろう、と。

とにかく、僕の長年の無気力さと面白くなさと言うのは実は当時の自分の情けなさから繋がっているものがある。津波の被害が一番酷かった地域を見て逆に気力がなくなってしまったのだ。”義を見てせざるは勇無きなり”という言葉があってよかった、僕にはとてもぴったりだ。

 

今日昔の家の前を通ったことは、当時の自分を省みた上でどれだけ今の自分が震災に影響されたかを考え直す機会になった。ただ同時に、今の僕はそこまでペシミストではない。2ヶ月も充電しゆっくり考える時間があったおかげか、大分スランプが抜けた感じがある。

確かに人は簡単に死ぬけど、それが僕を止める直接的な言い訳になってはいけない。死ぬことを防ぐことは出来ないけど、死ぬ確率を減らすくらいなら出来る。たとえそれがある種の”欺瞞”だとしても。だからいつまでも止まる必要はないのだ。

 

前回の記事でも書いたが、僕は今岐路に立たされている。進学するか、就職するか。遠い将来を見据えて近未来の自分の座標をどこに配置するか、この難題はちゃんと気合を入れないと考えられない。

社会的に見て震災前の自分よりは駄目な人間になったが、震災で見た光景やその後に経験した長いスランプと言うのは今後つなげることが出来ると確信している。

昔住んでいた家の前に立った僕は、今のあんたが行動しないで誰がするんだ、と昔の僕にハッパをかけられた気がした。

勿論気のせいだろう。ただ、前よりはエネルギーが溜まっている。雪も溶けたし、そろそろ動いてもいい頃かな、と思った。

多くの人々が被害にあった震災をダシにするのは些か頂けないが、今の自分が震災とその後の経験から成っている事を思いだすいい機会になった。今後は消極的で受動的な僕の態度を直していきたい。無味無臭だった10代を取り戻す意味でも。