偏差値2那由多

一般男性の公開ポエム

この世は素晴らしい、戦う価値がある

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大学を半分勢いで中退し、軽作業のバイトをしつつ堕落した生活を送っていた僕だが、つい先週から流石に焦りを感じ始めた。また前の生活に戻りたいわけではないが、かと言ってこれからまともな仕事をするほどの技術がない。就職するにしてももう一度進学するにしても、決めるのは今しかないのだ。

岐路に立たされている。

こういう時に考えなきゃいけないのは、今から数ヶ月後の自分が何をするのかということ以上に、10年20年先を見越した時自分が何をしているのかということだ。適当にこれからの道を決めてしまうと、また振り出しに戻る危険があるから慎重に選ばなければいけない。

しかし、10年20年先の話を考えると頭が痛くなる。僕がどうこうというよりも、身の回りの世界がどうなってるのか話すと、どう転じても決してユートピアではないのだ。

意識の高い自称専門家は「これからの時代はAIが現状の仕事を奪うから、今存在しない仕事を作ることが重要だ」って主張しているけど、僕には必ずしも正義には見えない。というよりも、時代を進める力があるならそこに逆進の力が作用することを忘れていないか?

 

思うに、現在の職業を大きく分けると4つに分類できる。

  1. 時代を作る人
  2. 時代を動かす人
  3. 時代を壊す人
  4. 時代を守る人

1は技術者や科学者、起業家や投資家などで、新しいアイデアや技術の進歩で近い未来をより優れ効率の良い世界にしようとする力を増大する人達だ。

2はレストランで働くスタッフや専業主婦、工事現場の作業員など、どちらかと言うとブルーカラー寄りの人達。とは言っても、本来ホワイトカラーに分類される人の多くも2に属する(多くの官僚や医者など)。新しいものを作るわけではないが、労働により現状(Status quo)を"保留"する力を発揮する。世の中の大半の人はこの仕事についている。

3はテロリストやハッカーなどの現状を阻害する人達。場合によっては軍人もこちらに属される。

4は弁護士、活動家、ソーシャルワーカーや一部のマネタイズされていないジャーナリストなど、時代が望まれぬ方向に向かってないかチェックする人達。

1がアクセルだとすると、2はエンジンで4がブレーキと考えるとわかりやすいかも。3と4はかなり少数派で、恐らく合計しても全労働人口の1割にも満たないんじゃないかと思う。傾向値として1,3,4は受動的な態度では仕事にならないため高い内発性を求められる一方、2はある程度マニュアルどおりにやれば何とかなることが多い。

幸いにも単純労働などに属する人達が多いおかげで、テロリストなどの人口が圧倒的に不足している。このためある程度バランスが取れ安全な社会を築けているのだ。

 

先程の自称専門家達は、「時代を動かす人」が消えるため「時代を作る」仕事につくことが無条件に正義になると言っている。

僕はAIが人間の仕事を奪い始めるという考え方には多少疑問を持っているのだが、その疑問を取り払った仮定で考えると、これからの時代は次の二種類の仕事しか残らないと思っている。

A. 時代を進める人

B. 時代を戻す人

 

Aは先程の「時代を作る人」と「時代を破壊する人」が統合された新しい職業の部類だ。AIなどの技術を上手く使いこなし人がより「幸せに」暮らせるよう調整する人達だが、「時代を動かす人」が失業したときのコストを完全に蔑ろにするデメリットが有る。

そして何よりも怖いのが、テロリストなども同じ分類で語ることが出来ることだ。例えば吉田松陰は今では「頑固な保守派を倒し正義の新政府作りに貢献した第一人者」みたいに語られがちだが、松下村塾は今で言うタリバンアルカイダなどのテロリスト軍団と思想的には大きく違いがない集団だった。確かに今になって思うと現代の日本の姿は吉田松陰なしではあり得ないだろうが、彼の尊王攘夷論が平穏な江戸時代に油を注いだ事実は忘れてはいけない。

革新的(Innovative)なアイデアの導入は、破壊(Disruption)から生まれる。現代のイノベーションと言うのは、それこそ「パソコンでやらなければ行けない仕事をスマホでできるようになった」程度のことなので、破壊から生まれるダメージは比較的回復しやすいレベルにある。しかし、もしも「時代を動かす」総人口がイノベーションで何処かに移動しなければいけなくなると、破壊のダメージの方がイノベーションのメリットよりも膨大になる可能性がある。それは、今のテロリストがやっていることと何が違うのだろうか。

だから、自称専門家が言う「これからは技術を使って何を生むかを考えられる人材が必要だ」といった主張には些か賛成できない。

 

僕は、先程の仮定の上で重要になってくる役割はむしろBだと思っている。Bは現代の「時代を守る人」と「時代を壊す人」の分類が統合された、新しい部類の人達だ。

自称専門家が常に見落としているニュータイプ。「革新」というパワーワードに圧倒されAばかり見がちだが、こちらはAと同等、もしくはそれ以上に重要になるに違いない。

僕が論じているのは、イノベーションに逆らう力を持つ人達がAのカウンターバランスになるのではないか、ということだ。

実際、歴史的に見て時代に逆行する人というのは一応いた。グーテンベルクが印刷機を作ったことで聖書の写しが簡単になった時、エジソンが電気を発明した時、イギリスで初めて信号機が設置された時。これらの時期に失業者は一定数いて、彼らは新しい発明に反対していただろう。ただ、これらの発明品は職業を1つ潰した程度で、世の中の8割の人達が途方に暮れるようなことはなかった。だからイノベーションに対する反作用の力というのは小さく、結果として後日イノベーションを正当化できた。

これからはアンチイノベーションの力が増大し、イノベーションによって生じるコストを真剣に考える人達が増えると思う。当たり前だが、元々「時代を動かす」部類に入っていた人達の一部もこの動きに参加する。世の中の”大移動”する人口が大きすぎるせいで、今までのようにイノベーションを無条件に肯定する人口が減り、結果としてアンチイノベーションの力が無視できないほど作用される。

労働者だけでなく、環境や格差などに対するコストもある。権力者の短期的な幸福のために非持続的な社会を作るのことに反対する勢力と言うのはこれから増えるだろう。

「クソな現状を打開するには破壊も辞さない」という理論でテロ活動も盛んになるため、元々「時代を壊す人」に数えられてた人も当然こちらに分類される。

 

要するに、倒幕派佐幕派のような二極の世界が待っているのではないか、と考えている。よく見なくてもわかるが、AもBも「時代を壊す」概念が吸収されるので、ある意味内戦状態になる。残念な現実ではあるが、現状の消費社会の行く先と言うのはあまり気持ちのいいものではないだろう。

かなり抽象的なエントリーになってしまったが、僕はこのような未来を考えると今自分が何をすべきかあまり考えられない。ただ、このようなモデルを思いつく時点で既にアンチイノベーションの気質は備わっているような気がするので、恐らく自然と「時代を戻す」力に属するような感じもする。

極化する社会に貢献するのは些か不本意ではあるが、集団のバランスに貢献するという尺度で見ると仕方がない。

 

誰がために鐘は鳴る”の一節にこうあった。<この世は素晴らしい。戦う価値がある>と。

───後半の部分は賛成だ。