偏差値2那由多

一般男性の公開ポエム

Roseliaファンミーティングでの明坂聡美の言葉

Roseliaファンミ夜の部のLVに行ってきた。

今回のMVPは間違いなく明坂聡美だと思う。もちろん元々は脱退する前のフィナーレだったので初めからMVPではあったのだが、今回のライブに行った人やLVを見た人の多くにとっての彼女に対する印象がガラッと変わったはずだ。

クイズコーナーとミニライブを終えた後に明坂に対するメンバーのお別れの手紙の読み上げがあったが、僕的にはそこまで来なかった。確かに目の前の画面で泣いてる人たちが苦しそうに手紙を読み上げるのを見ていると流石にこっちも悲しくなるけれど、正直それ以上の感情はなかった。というよりも一般的にお別れの言葉で使われるボキャブラリなんてまあ限られているので、あけしゃんが辞めるのが悲しいって気持ちはまあまあわかるんだけど、新しい何かが感じ取られる雰囲気ではなかった。

僕はどちらかと言うと、その後の明坂のスピーチに心を動かされた。

 

正直な話、2010年あたりの"みつどもえ"で明坂のことを知ったけど、ファンミが始まるまでただの変な人だと思ってた。Twitterの発言も珍紛漢紛な上に彼女のブログとかを頻繁に読んでいたわけでもないので、「変なキャラを作ってる声優」といったぼんやりした印象しかなかった。

しかし今回のファンミの発言は非常に好印象だった。

「正直燐子は誰にも渡したくねえ!」という言葉は白金凛子という役を全うする明坂の言葉に感じたし、「Roseliaのペースに私が追いつかなくなった」と言ったときに少し視線が下に向いてたのがわかった時は見てて辛かった。突発性難聴なんてある意味ガチャみたいなもので、誰に当たっても大変だろうけどRoseliaのような業界の最前線で活躍するバンドに所属してる人に当たったら尚更だ。それでも「涙はEwigkeitに置いてきたから!」と言い放ち最後まで泣かず、辛そうな他のメンバーを励ます姿に相当な度胸を感じた。

明坂の言葉は全て個人的な話だけど、他人を前提としない覚悟とそれを諦めなきゃいけない途轍もない絶望感が伝わったのでうるっときた。よく聞くお別れスピーチ語録はほとんど使わず、頭の中でこんがらがってるであろう苦しみや失望感と言った様々な感情を上手く紡いで発言していた。

 

もしも明坂が「ファンの皆さまが〜」とか「メンバーが〜」とか「感謝の気持ちが〜」という話を延々としてたら、多分白けてた。別に明坂を舞台に立たせるためにRoseliaを応援してるわけじゃないし、彼女だって他のメンバーのためだけに演奏してるわけじゃないだろう。

重要なのは「その舞台に立つ自分は何者で何を考えているのか」ということで、そこに他人はほとんど関係ない。その疑問に淡々と答える明坂は観客が一番聞きたい内容を的確に突いていた。

いろいろな意味で感情だったり抽象的なことを表現するのが上手い人なんだろう。間違いなく大人のスピーチだと思ったし、ここまで器の大きい人はなかなかいない。

降板なんてしたくなかったんだろうけど、挫折した上で導き出した結論を堂々と発表した明坂は間違いなくMVPだ。

明坂聡美、あっぱれ。今後もRoselia以外の仕事も応援していきたい。

 

ch.nicovideo.jp

UserStream停止を受けて

TwitterのUserStreamが真面目に終わるらしい。

i5nb.hateblo.jp

辞める辞める詐欺をしてきたTwitterのことなのでまた一回くらい延命するかなと期待していたが、今回は本気みたいだ。「実は嘘でした、皆さんアプリ開発頑張ってください!」というオチだったら今なら許すけどまあそうはいかないみたい。

 

 個人統計ツールのwhotwiが具体的なUser Streams APIの停止の手順を公開している。

僕がこの記事を書いている今このタイミングは、UserStreamが終了する3時間ほど前だ。

 

僕はかれこれ7、8年ほどTwitterをやっている。他のSNSもアカウントを持っているが、一番使っているのはやはりTwitterな気がする。

僕がTwitterに惹かれたのは紛れもなくオープンな言論の場としての存在だった。7年欠けて20万ツイートもゴミのような情報を生産してきたが、少なくとも2014年あたりまではツイートの内容だったりツイートのしすぎ(まあ、マクロ等のツールは別としても)が原因でお咎めを受けることはなかった。過激なツイートは何度もしてきたし、そもそも僕がフォロワーとしているやり取りは鳴き声なようなものだ。そもそもツイートをすること自体が遊びに感じる。

そしてこのようなゴミの生産をすることができたのは、間違いなくサードパーティ製のクライアントのおかげである。TheWorldやShoogingStar、Tweenと呼ばれる「廃人向け」アプリはツイートの”生産性”の観点から言ったら皆無に近いが、そのようなアプリを使うことで僕らのオープンに言論をすることができた。

 

ここ数年の公式クライアントの劣化はオープンな言論の場としての魅力を損なうものだ。時系列をぐちゃぐちゃにして非透明なアルゴリズムによるおすすめ機能のせいでタイムリーな会話をすることもできないし、邪魔な広告がひどく目につく。

最近のいきすぎた凍結措置によって呟いていい言葉と呟いてはいけない言葉というのが生まれた。しかも凍結の基準がわからないため何を呟いていいのかわからず、僕らは途方に暮れながらビクビクとツイートするしかない。いくらまっとうな意見を発しても、それが謎のガイドラインに反していたらツイートしてはいけないのだ。最近のポリコレ風俗嬢だったり車のマナー違反晒しが炎上するメカニズムはこのようなところから来ているという陰謀論を唱えられてもそこまで疑問に感じない。

 

このように改悪を進めてきたTwitterの唯一の評価点はUserStreamだった。サードパーティ製のクライアントだったら公式アプリの難点を眼中に入れる必要がなくタイムリーに反応することができる。何がトレンドなのかを直ぐに理解でき自分の考えを発信することができるため、言論という意味ではとても優しい環境だ。

だから皆Twitterをやめようという感じにはならなかった。

しかし今回のUserStream停止を受け、Mastodonに移住しようとしている人を何人も見てきた。たった一つの機能の削除じゃんと思われるかもしれないが、Twitterが持つ最後の魅力を切り捨てたからと考えると何も不思議な事ではない。

そしてMastodonにはTwitterが見放してきたすべての美味しい部分がある。ストリーミング機能もあるしインスタンスによっては広告がない。理不尽な凍結なんてそうそうない。

発信をする意味はユートピアなのだ。

今日という日は、Twitterが言論の場としての機能を正式に放棄した記念すべき日として見てもあながち間違ってないかもしれない。

麻原彰晃とEU死刑制度反対声明へのクソリプ

オウムの麻原彰晃と他信者の死刑が執行されたらしい。

結論から言うと、行政の勝ちってことなのかなと思う。まあ、勝利のボタンを法務大臣が持っているわけだから実質勝ちも何もないんだけど、やっと「厄介者」を排除できたという意味では勝ちなんだろう。

それにサリンの事件自体がもう二十何年も前の話で、それこそ僕が生まれる前後の話なので、国民全体でサリン事件自体が大きな問題だという認識が薄い。もちろん被害者遺族がいて数多くの関係者がいるってことは分かるんだけど、少なくとも僕の世代からしたらピンとこない。ニュースにはなるけど、せいぜい数日話題になる程度だ。

そういった総合的な意味で、法務省側の勝ちと言える。

 

僕は少なくとも麻原彰晃に関して今のタイミングでの死刑執行は相応しくないと思っている。そして麻原に対する死刑執行が相応しくないので、他の死刑囚も今すべきではない。大体の意見は半年前の松本麗華氏に関するエントリーに書いたし、ツイッターにも投稿している。

i5nb.hateblo.jp

個人的には麻原が仮病を使っているとは到底思えない。もしかしたら途中まで仮病だったのかもしれないけれども、少なくとも昨日までの麻原が「通常」だったとは言い切れない。

大体、麻原が健康だと主張する人の根拠が”死刑判決を受けてから独房で「何でだよ、畜生!」と叫んだ”、しかない。麻原が昏迷状態にあったと言う主張のほうが何倍も説得力が有る。

刑事訴訟法に従って公判停止手続をしない、明らかに精神が潰れているのに治療をしないなど、明らかに法の支配に反した事ばかりする司法と法務省の後ろ向きな態度に僕は落胆した。

 

死刑執行やそもそもの判決の是非は置いておいて、執行するなら執行するでまず昏迷状態を回復するよう治療し、麻原に事件の動機を聞いてから執行したほうがいい。無差別に毒ガスを撒くなんてよっぽど強い悪意と計画性がないと出来ないわけで、そういった事件が起きないようにする意味でも麻原の動機は聞くべきだ。もちろんはぐらかすだろうし、聞く側はイライラするだろう。しかしこれだったらルールを守ったと胸を張って言えるし、あまり多くの人を傷つけずに済む。

それなのに早とちりして死刑執行を選んだ行政の罪は大きい。

多分、麻原自体がめんどくさかったんだろうなとは思う。本音としては僕が言ったことをしたいんだろうけど裁判で頓珍漢な証言するから動機は聴けないし、これで治療したり生かそうとしたら税金の無駄と騒がれ、死刑執行したら人権団体からクレームが来る。

特に東京オリンピックが開催される2020年まで生かしてしまうと、死刑囚を拘置所に20年も入れるのは人権侵害だと騒がれるし、逆にそのタイミングで死刑執行してしまうとそれも人権侵害だと言われる。

どっちみち、チェックメイトだったんだろう。治療なんてするより、今のうちに執行した方がクレームが一番少ない。

テロリストの芽を一つ潰したという考え方もあるのだろうが、僕としては非常に腑に落ちないニュースだった。これだけ重大な事件なだけに、もっと慎重になってほしかった。

 

このニュースについて興味深いのは、EUが今回の死刑執行を受け死刑制度そのものを廃止するよう求めてきたことだ。

eeas.europa.eu

これに対する日本人の反応が思った以上に面白かった。

まず第一に思ったのが、日本人ってすごく死刑制度にこだわりがあるんだなあということ。もちろんツイッターのリプライなりはてブのコメントなりを見て日本の民意を概算するのは邪推だが、「死刑制度を続けるべきか」と国民投票をすれば7割以上の人が賛成する自信がある。

それくらい「間違ったことをした人は死すべき」という概念がへばりついているからかわからないけど、EU死刑反対声明へのコメントの8割が反動的だった。

 

一番笑ってしまったのは、「日本には日本の法律がある。他国が口出しするな。そもそもお前らの国は犯罪者を射殺するだろうが」というものだった。

ワタシバカデスと宣言しているようなものだ。

まず第一に、この宣言は日本の法律が倫理的におかしいから考え直してね、というものだ。それに対する防御が「いやこれ日本の法律だからw」というのは反論として弱すぎる。

1+1=4と書いた子供に対して「間違っているのでは?」と聞いているのに「いやこれ4だから」と返されたら唖然とするだろう。

 

それ以上に滑稽なのは、そもそも政府が守っていない法律を盾にして日本の法律を自慢していることだ。

先程のエントリーでも書いたが、僕が知ってる限り司法・行政が現状のルールを遵守しているとは思えない。要するに憲法や法律というのは紙くずなのだ。そもそもネットをちょっとやっていれば、冤罪被害者が公安に何されるかというのを知るはずだ。

そもそも、麻原彰晃死刑執行の顛末というのは日本の法執行機関が腐っていることを示すケーススタディなのだ。

暴力装置が正常に機能していない国のルールを元に「銃殺するお前らよりはマシだ!」とマウントを取るなんて、裸の王様にも程がある。

 

僕は現行の死刑制度自体にかなり懐疑的だし、代替として終身刑を適用して一生をかけて罪を償わせるシステムが税金の無駄遣いだとは感じない。だからこそ、何もかもが不透明な中で行われた死刑執行に関しても、EU死刑制度反対声明に対するクソリプに関しても残念な気持ちでいっぱいだ。